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ここ数年、行政府へのバッシングがすさまじい。 経済学にはケインズ主義といって、不況期に公共事業を増やせば景気は回復するという考え方があった。 これ以前にも実は、今から思うと不思議な考え方があって、これに対する反論としてケインズが登場したのだ。 その不思議な考え方とは、「セイの法則」という。 「供給はそれ自身の需要を創造する」というものだ。 生産過剰になっても市場で価格が下落するから需要は必ず追いつくというのである。 市場原理主義というとおおげさかもしれないが、それだけ市場が尊重されていたんだな、昔は。 そこでいう市場はカルテルや独占のない自由な市場を意味する。 フランス革命の理念は経済学にも生かされていたんだろう。 市場に任せておけばいい、 政府は勝手に口を出すな、 そんな時代があった。 しかし、これでは不況を救えない。 そこで需要を喚起するためには政府が口を出して公共投資をしなければならないというのがケインズの考え方だった。 ところが、ここ30数年、このケインズ主義的経済学が逆に矢面に立つようになる。 マネタリズムの登場だ。 マネタリストは自由市場の尊重と財政均衡を主張した。 経済成長に見合った通貨供給を行うことで経済の安定化を図ろうというのだ。 自由市場の尊重、すなわち「小さな政府」の考え方が復活することになったのだ。 エコノミストはこのケインジアンとマネタリストの論争を、現代社会に当てはめながら議論しているように思えてならない。 しかし、ことの本質はもう少し事情が違うような気がしてならない。 ケインズ主義的公共投資の意味合いは現代でも生きていると私は思う。 ただ、赤字国債を発行して公共投資を増やしても、本来の目的に投資されずに無駄遣いされているから問題になっているのではないだろうか? 公共投資をたとえば100億円したらGDPは100億以上増えるはずというのが理論上の計算だ。 投資乗数といって、投資効果は投資元本を上回るはずなのである。 しかし、投資される過程で、資金がどんどんよからぬ方向へ漏れていく。 だからいろいろバッシングされているのではないだろうか。 行政そのものが金属疲労を起こしているのではないか。 この漏れを防いで、投下資金が目的に向って十分に利用されるのであれば、需要も喚起されるだろうし、行政府もバッシングを受けなくなるのではないか。 今必要なのは、「小さな政府」というよりは「風通しのいい政府」なのではあるまいか。 |
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