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この吊り橋の向こうに天皇の皇子が身を潜めていたとはなかなか信じてもらえないだろう。 時は鎌倉時代から室町時代へと遷り変わろうとしていた時代。 その皇子の名を大塔宮護良親王という。 奈良県十津川村。 この村の住民は尊王思想がかなり強いらしい。 古くは壬申の乱の頃から天皇側に味方している。 おかげで明治に至るまで課税されなかったとか。 仰天事実である。 村内に谷瀬の吊り橋がある。 日本最長の鉄線の吊り橋だ。 この向こうの山中に大塔宮が隠れ住んだ黒木御所跡がある。 熊野から十津川にかけては、古の言い伝えによれば、神武天皇が東征したとき、新宮から上陸し、熊野、十津川を通って大和に入ったとか。 幕末には天誅組も活躍することになる。 仕事でときどき紀伊半島南部に出かけることがある。 たいていは地元和歌山県内を通って帰社するのだが、時間が在れば国道168号を北上してここ十津川村に宿泊し、翌日は村内をあちこち回って帰ることもあるのだ。 吊り橋は、板をひいただけの足元なので、揺れるし怖い。 この橋が通学路で学童が自転車で通り、郵便配達人が単車で橋を渡ると聞いた。 とても信じられない本当の話だ。 実はもう何度もここにはやってきているのだが、何度来てもおもしろい。 日本一面積の広い十津川村。 国道168号は狭小な部分も多く車で走るのも楽ではないが、歴史と自然に彩られたこの村をのんびりと見て周るのもいいものだ。 十津川村、紀伊半島の最深部。 紀伊半島が凝縮された村である。 |
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